終わりのない子育て

子育ての終わりを迎える際には、感慨深いものがあると思います。それは子供の就職や結婚などのタイミングで起きることがあると思います。

子育ての終わりと言う言葉を聞く機会がある一方で、なかなか子育てが終わらないということもあるのだと思います。特に現代社会では、経済的自立ということも、なかなか容易ではない場合があります。自立したくとも、子育てを終えたくとも、なかなか終わりがないということも少なくはないのではないでしょうか。

車が必要になった息子

  • ある息子の場合

例えば、大学生活を都内で過ごしたご子息が、地方に勤務することになり、車が必要になったとします。母親側としては、就職もしたので、あとは自分の力でやっていってもらおうと気楽な気持ちになっていたばかりのことでした。

そんなとき、車を買ったが、ローンの支払いでなかなかなかなか経済的に厳しい状況である、などと電話がかかってきたりします。そして、数万円の送金をしたり、まるで学生の頃と同じようなことになったりします。長くは続かないだろうと思いながらも、車が故障すればまたお金がかかり、車検もどうのこうとの言っています。

なんだかんだで、ずいぶん送金をして、まだ子育ては終わらないの?と疑問を感じます。

終わらない子育て

買い物で偶然会った息子のお母さんにその話をすると、うちの息子も似たようなものだと言うのです。先日は、奨学金の返済が滞っているという電話が来たとか・・・その前は、住民税で、さらに前は、国民健康保険と年金だったそうです。

息子としても必死にやっていることだし、もう少し様子をみよう・・・。

子育ては終わったと思ってたんだけど。就職さえすれば終わりということではないのね。難しいものだわ。

終わらない子育てに苦悩する母親

このような話が実際にあるかどうかはわかりませんが、近いようなことは現代社会で起きていることと思います。ある日に、すっぱり何かが終るということの方が難しいようにも感じさせられます。特に、自立とか子育ての終わりなどと考えだすとその境界線は非常に難しいものを感じます。

例えば、結婚式の準備がやたらに手間暇がかかったり、多くの人を呼んで緊張したりと、あのようなことには、何か子育てを終えるための助走のような意味が含まれているようにも感じてきます。

手間暇かかる中で、子供側はより自立の準備が整い、親たちの気持ちも準備されていくという、そんな意味があるのかもしれないと感じます。