カウンセリングは必ずしも無料が良いとは限らない

無料カウンセリングについて料金に関する考え方は様々あります。1万円程度の費用を要する場合から、3千円程度、無料など、それぞれの機関の考えで料金は設定されています。

自治体などもカウンセリングを利用できる環境を整えているため、今後、無料カウンセリングは増えて行くと思います。

これは、望ましいことだと思います。多くの人が利用できる環境が整うわけです。

その上で、カウンセリングにおける料金について改めて触れてみたいと思います。

有料にする意義

カウンセリングの諸原則でも触れましたが、カウンセリングには、独自の特殊な方法があります。

相談とは言っても、時間が明確に決まっており、場所も一定です。これらは、カウンセリングにおいて基本的な事であり、「面接構造」などと呼ばれることがあります。

面接構造を決めてカウンセリングを行うことで、そこに、非日常的な時空間を作り上げているという風に言えるかと思います。

なんのために、それを設定するかと言えば、自由で安全な場所を作ろうとする意志があるわけです。これらについての詳しくは、下記のリンク先をご参照下さい。

そして、料金もこの面接構造の一つと捉えられるのではないでしょうか。

料金を設定するとどんな事が起きるか

  • 気兼ねなく話せる:一つには、料金の設定は、気兼ねなく話すことができることに繋がると考えています。つまり、「自分の話を50分もしてしまって、カウンセラーに迷惑や負担をかけてしまったのではないか・・・」という気持ちになりにくいというものです。カウンセリングでの語りは、相談のようであって単なる相談に終始しないことも珍しい事ではありません。語ること自体に意義があることも少なくないのです。
  • 濃い時間となる:例えば1万円の料金設定は、限られた時間を有意義に使おうとする意識を発生させないでしょうか。1500円では、そこまでの意識にはなりにくいと思いますが、1万円という大金の中では、カウンセラーも、相談に来た方も、ある種の緊張感を持つだろうと想像されます。もちろん、1500円だからと、カウンセラー側は手を抜いて良いはずなどありませんが。因みに、料金はカウンセラーへの技術料ではありません。
  • 社会的にも意義を持つ:1万円は、我々の日常生活の中で大金に位置づけられます。裕福な人は1万円ぐらい大金とは言えないとお考えだと思いますが、それでも、社会においては、1万円の料金が発生する場所はそれほどありません。つまり、この重みづけをすることで、ちゃんとしたことを行っているのだという意識も働くのではないかと想像しています。カウンセリングは非常に個別的なお話が語られる場所ですが、そのことに十分に労力や時間、費用を費やす意義があることを後押しできないでしょうか。

このように、料金を設定すると、我々の意識には、無料の場合とは別な意識が生起するのではないかと想像しています。繰り返しになりますが、もちろん、無料のカウンセリングを否定するものではありません。

もし、自治体などの無料カウンセリングを利用する場合には、税金を納めているのだ、という意識を持って出かけた方が、よりよい時間にできるのではないでしょうか。このようにするだけでも、有料の場合に近い意識状態になると思います。学生ならば学費ということになるでしょう。

料金設定をしたカウンセリングを特に希望するという人がいても良いのではないでしょうか。