カウンセリングの時に説教されたり、何かの道を説かれるようなことはありませんか?

カウンセリングは、説教を行うことでもなければ、何かの道を説く時間ではありません。来談者の考えや、在り方を尊重しよとする場です。

説教では生まれにくい体験を

co12例えば、結婚を控えた人が、結婚を取りやめようかと迷っていたとします。このような時、「せっかく決まった話なのだから」とか、「二人だけの問題ではないんだぞ」などと、説教的なことや、人の道を説かれることが、日常生活の中には十分にあるものだと思います。はじめに述べておくと、カウンセラーは、説教や道を説くことを否定する者とも異なります。現実生活の中には、説教が意味を成すことも十分にあると考えています。

しかし、説教ありきでは、その他の可能性や思い、考えに焦点があたらないまま、物事が進んでしまうとも言えるわけで、カウンセリングはそうした日常生活の中では焦点の当たりにくいことにも、十分に時間を使っていただける場として使っていただこうとしているわけです。

説教を恐れながら予約を検討している人は、ひょっとしたら既に説教を散々に受けているということもあるのだと思います。その場合は、尚更に、カウンセリングの意義は日常との対比で色調を濃くするのではないかと思います。そして、自由な語りや連想の中で、生まれてくる発想があることも十分にあると考えております。

因みに、説教を受けて、それが納得いかなかったという背景には、既に、自分自身の意思が生まれてきている証とも見えてきます。日常生活上で、説教を受けた体験が、より自分自身の進みたい方向を明確にしたとも、言えるのではないでしょうか。嫌なことを嫌であると感じることは非常に意味のあることだと思います。

しかし、説教されるかも・・・というぐらいの構えは必要とも

ですが、全くはじめてカウンセリングを受けようとする場合、何もかも理解されるという前提で向かうよりも、ある種の警戒を持って向かわれることをお勧めしたいと考えています。この点は、「警戒心がポイント?安全なカウンセリングの受け方」でも言及しています。

会ってみるまで、実際にそのカウンセラーがどのような人なのかわかりません。カウンセリングの基本では、受容的であることや、無条件の肯定的配慮という態度を身に着けていることが求められますが、しかし、それをどの程度身に着け、そして、どの位実践できているかは、カウンセラーによって異なると言っていいと思います。

大切なお話をなさろうとしているわけですから、念には念を入れていただくほうが安全だろうと考えています。