休日は本ばかり読んで過ごしていますが、もっと外へ出た方が良いのでしょうか

人によって、時間の使い方は様々だと思いますが、周囲が海外旅行に行ってきた話など聞くと、自分の在り方が間違っているのではないかと自信を失うようでもあります。

なんとなく海外に出掛けた方が有意義に人生を過ごしているように感じらるのではないでしょうか。海がイメージされたり、どこかの世界遺産がイメージされたり、ラクダに乗っていたり、英語で話をしていたりと、海外のイメージは華やかです。

その人たちを見ていると、何か自分の人生がみずぼらしいものに感じられてしまうなどという思いも経験しそうです。

読書も立派な過ごし方

だからと言って、真似をして海外に出掛ける方がいいのでしょうか。

もともと読書が好きな方で、海外に出かけてみたいという感性をお持ちなら、それも一つだと思いますが、行きたくないのに無理に出掛けるのはいかがなものでしょうか。

海外に行けば何かが見つかるかもしれないという期待はあっても、実際に何かを持ち帰れるでしょうか。もしかすると消耗することの方が多いかもしれません。

もし嫌々ながら海外にでかけなくてはならない、と感じている方は、改めて、読書の意義などを振り返ってみるのはどうでしょうか。

読書は自分の中でどのような意味を持っているのか

自分自身の人生の中で、読書とはどのような意味を持った時間なのでしょう。

単なる暇つぶしでしょうか。それとも海外に出掛ける以上の意味を持った存在でしょうか。

読書の意義深さに確認がついたとき、休日の読書にももっと自信をもてるかもしれません。

読書から何かを学び取るためとか、勉学のため、という結論には必ずしもならないと思います。ただ心地が良いから、という理由でも立派な過ごし方ではないでしょうか。

海外に行って心地よさを味わってくるだけの人も多いと思います。

内側にそれを求めるか、外側に求めるかだけの違いに見えてきます。

自分の性格を考える時、本当にそれを変える必要があるのかどうかも含めて検討して良いのではないでしょうか。

週末の過ごし方

もっと本を読みなさいと言った先生の存在

子供のころ、本が非常に良いものとされていた記憶があります。学校では、読書感想文などという宿題が毎年必ずありました。

夏休み中に10冊は読むように!などと言う先生もいたのではないでしょうか。

本ばかり読んでいないで・・・と言った先生はどのくらいいたでしょうか。

逆にディズニーランドに行ってきたなどと言うと、怪訝な顔をされたものですが。

いつから世間は、外に出ることの方が良いなどと言い出したのでしょうか。

結局世間は気まぐれ

ここで言いたいのは、世間というのは非常に気まぐれで、勝手であるということです。

子供のころ、散々本を読めと言っていたのに、急に、本ばかり読んでいないで外に出かけろ、などと言い出すのです。

振り回されないことのほうが肝心なのではないでしょうか。